正しさを求めてしまうのはなぜ?

こんにちは。協会セラピストの七海ひかりです。

日本人は、言動や行動に正しさを求めてしまうことが多いのかもしれません。
今の時代はどんなことを言っても「〇〇ハラスメント」と言われてしまうなど、心から伝えたいことがあっても、世間から責められてしまうことも。

私たちはなぜ正しさを求めてしまうのでしょうか?求めてしまう背景にはどんな思いがあるのか。
今回は考察を一緒にしていきたいと思います。

そもそも正しさとは何か

この正しさってすごく曖昧なものなのかなって感じています。

例えば、クライアントに対して「間違ったことは言ってはいけない」「自分の言葉で相手の人生を変えてしまったら」。

そんな思いから、当たり障りにない世間一般で「正しい」「当たり前」とされることしか言えなくて…と相談に来られるカウンセラーさんもいらっしゃいます。

でも、この正しさの定義って、捉える人・職業・年齢・関係性・時代・国などによって大きく変化していきます。
例えば、コロナ禍を迎えるまで店頭にアルコール消毒が置いてあることが当たり前だったでしょうか?マスクを常にすることが当たり前だったでしょうか?

そこを常に求められていたのは、医療機関くらいだったと思います。

最近では少なくなリましたが、小学生の間ではマスクをしなければ変わり者扱い。親からも近づいちゃダメと言われている様子がよく近所の公園ではみられていました。

未曾有の感染症発生があったからこそ、私たちの当たり前が変化していき、そこに基づく行動をしない人たちを責めてしまったりするのではないでしょうか。

時代や環境が変われば、世間で定義されている「正しさ」はあっという間に塗り替えられていく。

そのくらい不安定なものなのだと感じています。

正しさを求めてしまう背景

私たちはなぜ正しくあろうと求めてしまうのでしょうか?先ほどのカウンセラーさんの相談から例を出してみました。

・責められたくない
・怒られるのが怖い
・信頼を失いたくない
・誤解されたくない
・お客様を失いたくない
・変な人というレッテルを貼られたくない

私たちの行動の奥には何かしら守りたい「価値観」や「信念」があります。

そこを脅かされると、自分が傷ついてしまったり苦しくなってしまう。自分にフォーカスが向いている状態ですね。

本当のことを言えば相手が傷つくのではないかと「言わない」という選択をする方、もしくは「言えない」と思ってしまう方もいるかもしれません。


しかし、それでは本当の意味でクライアントの持つ苦しさの解放はできないのではないでしょうか。

カウンセラーであるこのかたが言わなかったら、クライアントの成長するチャンスがまた失われてしまいます。


しっかりと向き合い、事実として伝えること。それがサポートする側である私たちの「愛」だと思っています。

他人軸になっていませんか?堂々と自分の意見を言うには

選択や行動の軸が、相手の基準になっていませんか?

・〇〇さんに怒られないように…
・この言葉ならきっと周りから受け入れてもらえる
・認めてもらえるはず

つい認めてもらいたくて他者からどう思われるのか?基準に行動してしまうことがあります。裏を返せば、

それは自分の言動や行動が「他人が求めていることを満たせるのか」を基準にしているのかなって思います。

人生は、他でもないあなたのものです。まずは自分の人生を生きることに集中していきましょう。

そして前述の通り、正しさとは不安定なものです。不安定なものを基準にするよりも、自分の中で軸となる正しさを作っていくこと。
そして、環境が変わったときに柔軟な対応ができるしなやかさを育てていくこと。

ここが何よりも大切なことだと今回は伝えたいところです。

自分を責めてしまう・こどもへの申し訳なさがある
離れたのにまだ苦しい

・LINEオープンチャット
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▼リカバリーセラピー

・頭でわかっていても変えられない
・特定の人へのイライラ・憎しみが強い
・人間関係の問題を繰り返してしまう

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