「学校に行けない」
その状態だけを見れば、不安や焦りが込み上げてくるのは当然かもしれません。
でも、子どもたちが不登校になる背景には、必ず“言葉にならない何か”が存在しています。
今回は、2024年2月、コロナによる欠席をきっかけに、自律神経失調症状が残り学校に行けなくなり、対人恐怖にまで発展した男の子のお話です。
9歳という繊細な年齢で、周囲の目を過剰に気にし、人と関わることが怖くなってしまった彼。
しかし、たった4か月後、見事に復学し、新しい土地で「親友」と呼べる友達までできました。
彼の変化の背景には、「丁寧に感情と向き合う」という視点が効果的でした。
子どもたちは、元々すばらしい力を持っています。その力を信じ、引き出す関わりができれば、想像を超える成長が生まれる。
そんな希望を、少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
不登校のはじまり
彼が学校を休み始めたのは、感染症によるたった1週間の欠席からでした。
しかしそこから、自律神経失調症状が現れはじめ、朝になると「気持ち悪い」「だるい」「めまいがする」「頭が痛い」などの訴えが増えていきました。午前中は体調が悪く、午後になると元気になるという毎日です。
最初は体調面の訴えから登校をためらっていたものの、比較的調子がよく学校に行こうとするとパニック発作が出て、恐怖心の正体をヒアリングすると「人と関わること自体が怖い」と口にするように。
学校だけでなく、外出も怖がるようになり、家の敷地内で過ごす日々。
フリースクールや対面支援の選択肢も難しく、通信講座に取組んでいました。
他者からの見られ方に強い恐怖心

いじめられたわけではないし、直接何かを言われたわけじゃないけど、周りの人から「○○って思われているんじゃないか」という思いが強くなっていました。
「自分の話を誰も聞いてくれない」
「自分なんていなくてもいいんだ」
「味方がいない、助けてくれる人がいない」
「自分の事、変な奴って思われている」
「軽く見られている。何やってもいいって思われている」
こんな思いをクラスの人に対してだけじゃなく、世の中の人全員。みたいなところまで感覚が広がっていった。
ちょっとした弄り・いたずらは、日常茶飯事ではあったけど、受けるだけではなく、本人も一緒にやることもあったので、一方的にというわけではありませんでした。
特別何かきっかけとなるような大きなエピソードがあったわけではない。けれども、小さな違和感の積み重ねが、大きくなってしまった時、何かがはじけてしまったようです。
4か月で復学。引っ越ししても親友ができた
外には出られない。話もしたくない。
そんな状態だったので、リカバリーセラピーをスタートしました。
最初は「困ってることなんてない」と言っていた彼ですが、回を重ねるごとに、心の奥にあった「他者への恐怖」「自分への無価値感」を少しずつ言葉にできるように。
セッションの中で話せた後は、不思議と同じ記憶を思い出しても嫌な感覚が消えていく。
この「感覚の書き換え」が進むにつれ、彼の体調も整い、4か月後には登校を再開。
そして復学直後、引っ越しにより転校することになったのですが――
なんとその新しい学校で、初日から友達ができ、毎日のように放課後公園で遊ぶほどに。
今では「親友」と呼べる存在ができ、休日も朝から友達が遊びに来る、にぎやかな日常を送っています。
自己主張ができる力もしっかりついていった

彼ができるようになったこと
・自分の考えや気持ちを伝えたうえで、希望を言える
・周囲の反応や状況を客観的に捉えられるようになった(=課題の分離)
・辛いときに感情を言語化できる
・落ち込んでも、自力で感情を整理・回復できるようになった(感情処理のスピードが早まった)
・視野が広がり、他人の立場や特性にも目を向けられる(得意・不得意を評価でなく事実として受け止める)
・自己犠牲せず、周囲と調和的に関われるようになった
・物怖じせずに、自分の意見を伝えられるようになった
・「どう思われるか」を過度に気にせず、素直に思っていることを言えるようになった
人間的な成長として見られた変化
彼の変化は、「学校に行けるようになった」という表面的な回復にとどまりませんでした。
むしろ、「自分自身との信頼関係」が築かれたことで、内面的な成長が加速していったように感じます。
・自分の気持ちに正直でいられる安心感
・他者との違いを否定せずに受け止める“成熟したまなざし”
・相手に合わせるのではなく、自分を大切にしながら調和する力
・感情を抑え込まず、自然に流していける柔軟性
・対人関係においても“守られている感覚”が根付き、自分を出すことへの不安が大きく軽減
このように、「自分を出す=危険」ではなく、「自分を出す=つながりが深まる」という新しい世界観が彼の中に育っていったのです。
それは、見られることが怖かったかつての彼からは、想像もできないほどの変化でした。
彼の歩みは、「不登校=成長が止まること」ではなく、「不登校=内面が育つ時間」であることを教えてくれました。
10歳前後の発達課題とは

10歳前後(小学校中学年~高学年)は、エリクソンの発達理論でいう「勤勉性 vs 劣等感」の段階にあり、同時に自我の確立に向けた“他者の目”の意識が強まる時期です。
・自分と他者の違いを客観的に捉え始める
・比較されることへの敏感さが高まる
・友人関係=社会的承認の基盤になりやすい
このため、自分への評価を「自分の内面」ではなく「他者の視線」で測るようになる傾向があり、繊細な子ほど他人の目=全世界の評価として過剰に一般化しやすくなります。
家庭環境・気質の影響
- 周囲の小さな態度の変化
- 親の表情やトーンの変化
- 比較的な言葉(兄弟・クラスメートとの比較)
この時期の子どもは、過敏に反応しやすくなる時期です。
特に、以下のような気質を持つ子は、見えない敵意や評価を感じ取りやすい傾向があります。
- 内向的、敏感、慎重(HSC傾向)
- 完璧主義、失敗への恐怖が強い
- 想像力が豊か(被害想像がリアルに広がる)
また、家庭内での話し方や兄弟関係、親のストレス状態なども、「自分は守られている存在か」「大事にされているか」の判断材料になります。
さらに、「いじられる」「軽く扱われる」こと自体が、“存在の軽視”としてインストールされていくと、「自分の尊厳は守られなくて当たり前」という無意識の学習が生まれます。そしてその体験が「誰からも守られていない」「見ていてくれる人はいない」という根源的な不安(愛着不安)に繋がり、自己否定や孤立感へと変化も。
リカバリーセラピーの実施

対象児に対しては、リカバリーセラピーを実施しました。合計6回。復学前は5回実施し、復学後の環境変化によって不安が出現したときに1回実施。
1.「安心安全の感覚」を“体感”で取り戻せた
リカバリーセラピーの特徴は、頭で理解させるのではなく、無意識層にある「感覚の記憶(情動記憶)」にアプローチできる点です。
例えば、「言っても大丈夫だった」「自分の気持ちが受け止められた」「拒絶されなかった」こういった小さな「安全の再体験」が積み重なることで、神経系の警戒反応(交感神経の過活動)が落ち着き、副交感神経が働きやすくなります。
その結果、感情や思考の整理ができるようになり、自分の意思を出せる余白が生まれるのです。
2.「見られること」への恐怖が解消された
リカバリーセラピーでは、言葉にならない違和感や感じたことはあるけど誰にも伝えられなかった感覚を丁寧に拾い、無意識に抱え込んでいた「見られることの恐怖」「評価される不安」などを整理・解消していきます。
10歳前後の子どもがよく抱える、「バカにされるかも」「変って思われるかも」「言ったら損をする」といった他者評価に対する予期不安のスキーマは、体感の安全を通じてしか、根底から緩まりません。
リカバリーセラピーは、その「予期不安の回路」自体を書き換える関わりになっているため、自然と「言ってもいいかも」「伝えてみようかな」という行動の変化に繋がります。
3.自分の感情にアクセスできるようになった
不登校や対人恐怖がある子は、「自分が何を感じているのかよくわからない」「何を言えばいいのかわからない」という状態にあることが多いです。
リカバリーセラピーでは、感情と体感を丁寧に言語化し、整理していく中で、「今、怒ってたんだ」「本当は寂しかったんだ」「それを言いたかったんだ」というように、感情の自己認知が進みます。
このプロセスは、
- 自分の内側と繋がる力(内的対話)
- 言語化する力(メタ認知)
を高め、「自分が感じていることには意味がある」という自己価値感を取り戻すことに直結します。
4.自分自身に対し、伝えていいという許可が下りた
最終的に、「自己主張ができるようになった」背景には、表現することは怖くない、伝えること=拒絶されることではない、という新たな信念が育っていることが重要です。
- リカバリーセラピーを通して繰り返された「受け入れられた体験」
- セッション内での共感・承認・肯定的関わり
によって、「伝えること=安心できること」「自分を出しても大丈夫」という感覚記憶が書き換えられた結果だと考えられます。
不登校や対人恐怖を問題と捉えるか、課題と向き合うチャンスと捉えるか

「問題」と捉えるとき、起きやすい反応
不登校や対人恐怖を「問題」として見ると、
- 「どうしてこんなふうになったの?」
- 「なんで普通にできないの?」
- 「早く治さなきゃ、戻さなきゃ」
という“否定”や“矯正”のスタンスが前に出やすくなります。
このような関わりは、本人に「今の自分ではダメなんだ」「変わらないと受け入れてもらえない」という思いを強めてしまい、余計に心を閉ざす結果になりがちです。
「課題と向き合うチャンス」と捉えると、どう変わるか?
不登校も、対人恐怖も、実は「見えていない感情の根っこ」に気づくための大きなサインです。
- 「人と関わるのが怖い」
- 「学校に行くのがしんどい」
その奥には、
- 本当はわかってほしかった気持ち
- 失敗することへの強い不安
- 自分の存在を受け入れてもらえなかった記憶
- 誰かを傷つけないように、自分を押し殺してきた優しさ
そんなまだ言葉にできていない感情や経験が眠っていることが多いのです。
だからこそ、この状態は「問題」ではなく、「自分の本当の声に耳を傾けるチャンス」と見ることができます。
実際に、課題を乗り越えた子は「回復」ではなく「進化」している
リカバリーセラピーを受けたことで、
- 登校できるようになった
- 自分の気持ちを伝える力、意思表示する力を身につけられた
- 子どもだけでなく、大人にも自分の考えを示せるようになった
不登校がなければ見えなかった“心の深い願い”に向き合ったからこその変化があります。
大人にできることは、「答え」を急ぐことではなく、「問い」に寄り添うこと
子どもが不登校になったとき、大人がすぐに答えを出そうとすると、かえって本質を見失ってしまいます。
でも、「なぜ今、学校ではない選択をしたのか?」
「本当は何を感じているのか?」
「どんな自分でいたいと願っているのか?」
その問いに一緒に向き合う姿勢こそが、子どもにとっての安心になり、心を開くきっかけになります。親子で改めて向き合う時間として捉えてみていただけたらと思います