近年、「怒らない子育て」が多くの場面で推奨されています。育児書やSNS、専門家のアドバイスでも「親は感情的にならず、冷静に子どもに接するべきだ」というメッセージが繰り返し発信されており、多くの方が実践を試みているのではないでしょうか。
確かに、親が怒りを抑えて子どもに穏やかに接することは、子どもの自己肯定感を高め、安心感を与える上で効果的な方法です。しかし、すべての家庭やすべての状況においてこの「怒らない子育て」がうまく機能するわけではありません。むしろ、逆効果を招いてしまうケースも存在します。
「怒らない」という理想を追い求めるあまり、かえって自分自身を追い詰めたり、感情を抑え込みすぎてストレスをため込んでしまう方も多いのではないでしょうか?さらには、親が感情を出さないことで、子ども自身も自分の感情を上手に表現できなくなるリスクもあります。
この記事では、「怒らない子育て」が推奨される背景やその効果に加えて、どのような状況で逆効果を引き起こす可能性があるのかを深掘りし、感情のバランスを取りながら健全な育児を行うための具体的なポイントをご紹介します。感情を抑えるのではなく、上手に向き合い、親子で心の健康を保つためのヒントを一緒に考えていましょう。
怒らない子育てが推奨される背景

「怒らない子育て」とは、親が怒りや感情を抑え、冷静かつ穏やかに子どもと接する子育てのスタイルです。以下の理由から推奨されています。
1. 子どもの自己肯定感が高まる
怒らない子育ては、子どもの人格や行動を全否定せずに接するため、子どもは「自分は愛されている」「自分は大切な存在だ」と感じやすくなります。子どもは安心感のある環境で育つと、自己肯定感が育ちやすくなり、自分に自信を持つことができるようになります。
2. 親子の信頼関係が強まる
怒られることで子どもは一時的に行動を変えるかもしれませんが、長期的に見ると、怒りの感情をぶつけられることで親に対する信頼が薄れてしまうことがあります。一方で、怒らずに話し合いながら問題解決を進めることで、親子間の信頼関係はより深まります。子どもは「親は自分の気持ちを理解してくれる」と感じ、親に対して心を開きやすくなるのです。
3. 子どもが自己表現を学びやすくなる
怒らない子育ては、子どもが安心して自分の気持ちや考えを表現できる環境を作ります。怒りや批判を恐れずに、自分の考えを伝えられるようになるため、自己表現力が養われ、コミュニケーション能力も高まります。
4. 行動の理由を理解させることができる
怒ることなく話し合いを進めることで、子どもはなぜ自分の行動が問題だったのかを理解しやすくなります。感情的に叱ると、子どもは「怒られた」という感覚だけが残り、自分の行動に対する深い理解が得られないことが多いです。しかし、冷静な対応を心がけることで、子どもは自分の行動の原因や結果について考え、その行動を改めるきっかけをつかみやすくなります。
5. 親子でポジティブなコミュニケーションが増える
怒らない子育てを心がけると、親子間の会話やコミュニケーションがよりポジティブなものになります。怒ることで子どもとの対話が途絶えるのではなく、対話を通じて子どもが安心感を得ることができ、問題解決に向けた建設的なやり取りが生まれやすくなります。このようなポジティブなコミュニケーションは、親子関係を深め、家庭内の雰囲気もより良いものにします。
このように、怒らない子育てには多くのメリットがあるため、メディアや育児書でも広く推奨されることが多いです。
怒らない子育てが逆効果になる理由
一方で、この「怒らない子育て」が逆効果になるケースも存在します。
1. 親のストレスが蓄積しやすい
「怒らない子育て」を意識しすぎると、親が自分の感情を過度に抑え込み、ストレスが蓄積する可能性があります。「怒ってはいけない」「冷静でなければならない」と思い込みすぎることで、自然な感情を押し殺す結果となり、イライラが募りやすくなります。この蓄積されたストレスが、予期しないタイミングで爆発することもあり、その結果、かえって感情的に子どもを叱ってしまうこともあります。
2. 子どもが境界線を理解できない
怒らずに優しく対応し続けることで、子どもが「何をしても許される」と勘違いする可能性があります。親が怒らないことで、子どもは自分の行動に対する明確な境界線や制限を理解しにくくなることがあります。結果的に、社会的なルールやマナーを学ぶ機会を失い、他人との関係においてもトラブルを引き起こすことがあります。
3. 子どもがネガティブな感情の対処法を学べない
怒らない子育てが徹底されすぎると、親が自分の怒りや不満を表に出さないため、子どもはネガティブな感情を「表現してはいけない」と誤解してしまうことがあります。これにより、子ども自身が怒りや悲しみといった感情をどのように健康的に処理すればよいかを学べない可能性があります。結果として、子どもは自分の感情を抑え込む癖がつき、将来的に感情表現が苦手になるか、過度に内向的になるリスクがあります。
4. 現実社会でのストレス耐性が低くなる
家庭内で親が常に怒らずに穏やかに接してくれると、子どもは外の世界でも同じような対応を期待するようになります。しかし、現実社会では必ずしもすべての人が穏やかで優しく接してくれるわけではありません。学校や職場、社会生活では他者から厳しい指摘を受けたり、怒られることもあります。「怒らない子育て」に慣れてしまった子どもは、こうした現実の場面でのストレスに対して耐性が低く、対処方法が分からずに戸惑いや不安を感じやすくなることがあります。
5. 親子の役割が逆転することがある
親が「怒らない」ことを意識しすぎて、子どもの顔色を伺いすぎるようになると、子どもが親をコントロールしようとする状況が生まれることがあります。たとえば、子どもが親の言うことを無視したり、わがままを言っても、親がそれに対して怒らずに譲歩し続けると、子どもが親の弱点を理解し、意図的に親を操るような行動を取ることがあります。結果的に、親子の役割が逆転し、子どもの要求に振り回される状況が続くこともあります。
ネガティブの否定や感情の抑圧がもたらすリスク

私たちは日常生活の中で、ポジティブな感情だけでなく、怒りや悲しみ、不安などのネガティブな感情も経験します。これらのネガティブな感情は、人間として成長するために必要な要素であり、どちらも切り離すことはできません。
ですが、親が自分の感情を抑え込みすぎると、次第に子どもも同じように感情を抑圧することを学んでしまいます。「ネガティブな感情は悪いものだ」と感じ、怒りや悲しみといった自然な感情を表に出せなくなる恐れがあります。
1. 自分自身を否定し、心のバランスを崩す
ネガティブな感情を感じることを「悪い」と思い込み、それを抑圧すると、自分自身を否定することに繋がります。心の中に溜め込んだ感情は解消されないまま蓄積し、最終的にはストレスや疲労感が増大し、メンタルヘルスに悪影響を及ぼすことがあります。感情は自然な反応であり、無理に抑え込むことは逆に心のバランスを崩してしまいます。
この状態が続くことで、ストレス関連症状が慢性的になり、病気につながっていくことも多いため、向き合う時間を作っていけると良いでしょう。

2. 他者に対しても否定的になりやすい
自分のネガティブ感情を受け入れられないと、他者に対しても同じように厳しくなることがあります。例えば、自分が怒りや悲しみを否定していると、他者がそのような感情を表現することに対しても否定的な態度を取ってしまいがちです。「そんなことで悩むなんておかしい」と感じたり、他者の感情を軽視してしまうような態度が生まれます。
このように、他者の感情を否定することで、親子関係、パートナーシップ、友人関係など、さまざまな人間関係において距離を感じるようになったり、衝突が増えることがあります。自分の感情を理解し、受け入れることができれば、他者の感情にも理解しやすくなり、より深い関係を築くことができます。
認知行動療法でネガティブな感情に向き合う

怒らない子育ての限界を補う方法として、「認知行動療法(CBT)」が効果的です。これは、ネガティブな感情や思考に焦点を当て、それに対してどのように向き合い、解消するかを学ぶ心理療法です。
感情を無理に抑え込むのではなく、なぜその感情が出てくるのか、一つ一つ丁寧に紐解いていくことで、自身の思い込みや認知の歪みが理解できるようになり、自然と納得できます。
それができるようになると、感情が揺れ動く同じような場面が起きても、感情が揺れ動かなくなります。このような状態になるとストレスのかからない「怒らない状況」を作ることができます。
信念も苦しさの原因になる
「思い込み」や「認知の歪み」と聞くとマイナスイメージがあるかもしれません。ですが、「信念」や「正義」も同じく認知の歪みの一つです。それらがあることによって許せること、許せないことが形成され、価値観となっていきます。
この価値観が偏りすぎると2極論になり、対人トラブル繋がったり、物事への取り組み方にも影響が出てしまったりします。これが怒りや悲しみなどネガティブ感情の種となっているため、この一連の流れを理解しない限り、怒らない子育てをしようとしても、ただ感情を抑えるだけになってしまい、抑圧されていきます。
感情を消化するためのポイント
親だからと言って感情を我慢する必要はありません。逆に感情を表出するように意識して見るとよいでしょう。それによって子どもも人間らしさを学び、多様な状況を受け入れられるようになっていきます。
感情の抑え込みではなく、共有を大切にする
親自身がストレスを感じたときは、「ママは○○が嫌だと思って怒っている」「△△が□□になることが悲しくてツライ」などと素直に子どもに伝えることで、感情を共有することができます。これにより、様々な状況と感情が紐づくようになり、子どもも感情を表現することを学びます。
自分の身に何が起こっているのか整理ができるようになるとフラストレーションもたまりにくくなります。
なぜ?の質問を投げかけよう
小さな子どもがよく「なんで○○なの?」と聞いてきますが、これを自分自身やお子さんにも投げかけてみて下さい。私たちの脳はとても高度なので、様々な状況から一瞬で判断して決めていきます。感情の出し方や抑え方なども一瞬で決めているのです。
経験を積むほど考えずに出てきてしまうことが多いのですが、だからこそ「なぜそう感じるのか?「なぜイライラするのか?」「この時どんな感情だったのか?」当たり前すぎることにこそ、あえて質問をしてみてください。
「なぜ?」は自分や他者を理解する魔法のワードです。
さいごに: 感情は抑え込まず、バランスを取る子育てを

「怒らない子育て」が推奨される背景には、感情の爆発による子どもへの悪影響を避けたいという理由がありますが、感情を過度に抑えることで逆効果を招くこともあります。重要なのは、怒りやストレスを感じたときに、自分を責めるのではなく、なぜその感情が湧き出てくるのか、その理由を紐解いていくことが大切です。その感情をどう解消し、バランスを取るかを親子で学んでいけるとよいでしょう。
怒りや不安、悲しみなどの感情は、ネガティブなものとして抑え込むのではなく、自然なものとして受け入れ、適切に表現することが大切です。感情のバランスを保つことで、子どもも親も健やかに成長していける子育てを目指しましょう。