2026年7月2日

そのパワハラ対策、メンタル不調を増やしていませんか?

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パワハラをなくすことは、とても大切です。

怒鳴られる。人格を否定される。無視される。過剰な業務を押しつけられる。
こうした職場環境が、人の心身を壊していくことは、もう多くの人が知っていると思います。

実際に、職場におけるパワーハラスメント防止措置は、事業主の義務になっています。厚生労働省も、事業主に対して方針の明確化、相談体制の整備、事後対応、再発防止などを求めています。

だから、パワハラ対策そのものは必要です。

でも最近、現場では少し違う問題も起きているように感じます。

それは、
「パワハラをなくすための対策」が、かえって職場のメンタル不調を増やしていないか
という問題です。

もちろん、パワハラ対策が悪いわけではありません。

問題は、対策の中身です。

「言ってはいけない」
「指導してはいけない」
「強く関わってはいけない」
「トラブルにならないように距離を取る」

そんなふうに、禁止や回避ばかりが増えていくと、職場は一見穏やかになります。
でも、心の中では緊張が高まっていることがあります。

ハラスメントかどうかは、何で決まるのか

ここで少し整理しておきたいのが、「何でも嫌だったらハラスメントになるわけではない」ということです。

でも同時に、「指導のつもりだった」「悪気はなかった」だけで問題がなくなるわけでもありません。

大事なのは、感情だけで決めることでも、加害か被害かを急いで決めることでもありません。
何が起きたのかを、基準に沿って整理することです。

パワハラと判断される時の3つのポイント

パワハラは、主に次の3つで見られます。

  • 優越的な関係があるか
    上司と部下だけでなく、立場、知識、人数、職場内での力関係など、相手が逆らいにくい関係があるかどうか
  • 業務上必要な範囲を超えているか
    必要な指導ではなく、人格否定、威圧、嫌がらせ、見せしめのような関わりになっていないか
  • 就業環境が害されているか
    精神的な苦痛が強く、安心して働けない、仕事に大きな支障が出ている状態になっていないか

つまり、注意されたことそのものではなく、どんな関係で、どんな言動が、どれくらい相手に影響したのかが大切になります。

よくあるハラスメントの形

代表的なものとしては、次のような形があります。

  • 暴言や強い叱責などの精神的な攻撃
  • 無視や仲間外しなどの人間関係からの切り離し
  • 明らかに無理な仕事を押しつける過大な要求
  • 仕事を与えない、能力とかけ離れた仕事しかさせない過小な要求
  • 私生活に踏み込みすぎる個の侵害

ただ、現場ではこれにぴったり当てはまらないこともあります。
だからこそ、分類することよりも、何が起きているのかを丁寧に聞いて整理することが大切です。

パワハラ対策が「関わらない職場」をつくっていないか

パワハラ対策が進むことは、本来なら安心につながるはずです。

でも運用を間違えると、現場ではこんな空気が生まれます。

「注意したらパワハラと言われるかもしれない」
「どこまで聞いていいのか分からない」
「下手に関わると面倒なことになる」
「本人が傷つくかもしれないから、深く聞かない方がいい」
「相談されたら責任を負わされそうで怖い」

その結果、管理職も職員も、お互いに距離を取るようになります。

怒鳴る人は減った。
でも、話を聞いてくれる人も減った。

厳しい指導は減った。
でも、本音を出せる場所も減った。

表面的にはトラブルが減っているように見える。
けれど、職場の中には、言えない不安、見えない孤立、静かな不信感がたまっていく。

これでは、メンタル不調は減りません。

むしろ、別の形で増えていくことがあります。

本当に必要なのは「うまく伝えること」だけではない

ハラスメント研修では、よく「伝え方」が扱われます。

人格否定をしない。
感情的に怒らない。
事実を伝える。
行動に焦点を当てる。

これはもちろん大切です。

ただ、それだけでは足りません。

なぜなら、職場のメンタル不調や人間関係のこじれは、単に「言い方」だけで起きているわけではないからです。

本当に必要なのは、次のような力です。

  • 相手の話を聞けるか
  • 自分自身の感情に気づけるか
  • 事実と解釈を分けられるか
  • 自分の反応パターンを理解できるか
  • 相手の言葉の奥にある不安や困りごとを見ようとできるか

つまり、パワハラ対策は、単なる言葉遣いの研修ではありません。

人と人が関わる時に起きる、感情、解釈、防衛反応、思い込み、過去の経験まで含めて整理する必要があります。

職場のトラブルは「事実」よりも「解釈」で大きくなる

職場で起きるトラブルの多くは、最初から大きな問題だったわけではありません。

小さな行き違い。
ちょっとした表情。
返事の遅れ。
報告の不足。
言葉の選び方。
態度の受け取り方。

そういうものが積み重なって、大きな不信感になっていきます。

同じ出来事でも、解釈が乗ると感情は大きくなる

たとえば、

「返事がなかった」
これは事実です。

でも、そこに

「無視された」
「軽く見られている」
「反抗している」
「どうせ私のことを嫌っている」

という解釈が乗ると、感情は一気に強くなります。

反対に、部下側も同じです。

「上司に確認された」
これは事実です。

でも、

「疑われている」
「責められている」
「信用されていない」
「また怒られる」

と解釈すると、体は緊張します。

そして、防衛反応が出ます。

黙る。
避ける。
言い訳する。
攻撃的になる。
泣く。
体調を崩す。
出勤できなくなる。

本人も、なぜこんなに苦しくなるのか分からないことがあります。

ここで必要なのが、認知行動療法やスキーマ療法など、認知行動科学の視点です。

認知行動療法・スキーマ療法の視点が、職場に必要な理由

認知行動療法では、出来事そのものだけでなく、そこにどんな考えや解釈が起きたのか、そして感情や行動にどう影響したのかを整理していきます。

同じ出来事でも、人によって受け取り方は違います。

注意された時に、
「次から気をつけよう」と受け取れる人もいれば、
「自分は否定された」と感じる人もいます。

上司にとっては軽い確認でも、本人にとっては強い圧に感じることもある。

逆に、部下の沈黙を見て、
「やる気がない」と感じる上司もいれば、
「何か言えない事情があるのかもしれない」と見られる上司もいます。

この違いは、性格だけではありません。

過去の経験。
家庭環境。
失敗体験。
責められてきた記憶。
頑張らないと認められないという思い込み。
人に頼ってはいけないという価値観。

そういったものが、今の職場での反応に影響していることがあります。

深い思い込みが変わらないと、表面的な研修だけでは限界がある

スキーマ療法では、こうした深い思い込みや反応パターンにも目を向けます。

「どうせ私は分かってもらえない」
「失敗したら終わりだ」
「人に迷惑をかけてはいけない」
「強く言わないと相手は動かない」
「弱みを見せたら負ける」
「ちゃんとできない人は甘えている」

こうした信念が強いままだと、どれだけ表面的なハラスメント研修をしても、根本は変わりません。

言葉だけ丁寧になっても、内側の見方が変わらないからです。

「聞く力」がない職場では、問題が早期発見できない

メンタル不調を防ぐために大切なのは、問題が大きくなる前に気づくことです。

でも、そのためには、誰かが話を聞ける必要があります。

ただし、ここでいう「聞く」は、アドバイスをすることではありません。

すぐに解決策を出すことでもありません。
相手を説得することでもない。
どちらが正しいかを裁くことでもありません。

まずは、相手の中で何が起きているのかを一緒に整理することです。

聞くとは、相手の中で起きていることを整理すること

何が事実なのか。
どんな解釈が起きたのか。
どんな感情が出ているのか。
体にはどんな反応があるのか。
本当は何に困っているのか。
何を怖がっているのか。
どんな支援があれば少し楽になるのか。

この整理ができるだけで、感情の暴走はかなり落ち着くことがあります。

反対に、話を聞く力がない職場では、問題が大きくなってから表面化します。

突然休職する。
急に退職を申し出る。
人間関係がこじれきってから相談が来る。
パワハラ申告として初めて問題が見える。
周囲の職員も限界になっている。

ここまで来ると、対応はかなり難しくなります。

だから本当は、パワハラ対策の中心に置くべきなのは、
「言い方」だけではなく、「聞ける職場をつくること」
だと思います。

メンタル不調は、本人の弱さだけではない

厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」では、仕事や職業生活について強い不安・悩み・ストレスを感じている労働者は68.3%とされています。主な内容には、仕事の量、仕事の失敗や責任、仕事の質などが挙げられています。

また、令和6年度の精神障害に関する労災請求件数は3,780件と公表されています。精神障害による労災請求は、職場のメンタル不調が個人だけの問題では済まされない段階に来ていることを示しています。

もちろん、すべてを職場のせいにする必要はありません。

でも、すべてを本人の弱さや性格の問題にするのも違います。

仕事量。
人間関係。
役割の曖昧さ。
評価への不安。
家庭の問題。
経済的な不安。
睡眠不足。
過去の傷つき。
認知の偏り。
職場の空気。

いろいろなものが重なって、メンタル不調は起きます。

だからこそ、必要なのは「誰が悪いか」を探すことだけではありません。

何が重なっているのか。
どこで無理が起きているのか。
本人はどう受け取っているのか。
周囲は何に困っているのか。
職場の仕組みとして、どこに詰まりがあるのか。

そこまで見ていく必要があります。

相談窓口を「処罰の入口」だけにしない

パワハラ対策では、相談窓口の整備が必要です。

ただ、相談窓口が「誰かを処分するための場所」だけになってしまうと、早期相談はしにくくなります。

相談したら大ごとになる。
誰かを悪者にしなければいけない。
自分が面倒な人だと思われるかもしれない。
相手の立場を悪くしてしまうかもしれない。

そう感じると、人は限界まで我慢します。

本当は、もっと手前で相談できる場所が必要です。

「これはパワハラですか?」と白黒をつける前に、

「何が起きているのか」
「どう受け取ったのか」
「どんな感情が出ているのか」
「どこにズレがあるのか」
「業務上の課題は何か」
「人間関係の課題は何か」
「本人の認知の偏りはあるか」
「管理職側の余裕はあるか」

そこを整理できる場所です。

処罰の前に、整理。
対立の前に、対話。
判断の前に、理解。

ここがないと、パワハラ対策は「問題が起きた後の処理」だけになってしまいます。

管理職にも、自己理解の時間が必要

パワハラ対策というと、管理職が「加害者にならないための研修」になりがちです。

もちろん、それも必要です。

でも、管理職も人です。

人手不足。
数字のプレッシャー。
部下の育成。
クレーム対応。
上からの要求。
家庭の問題。
自分自身の疲労。

その中で、常に冷静で、やさしく、正確に、相手の話を聞き、適切に対応する。
これは簡単なことではありません。

だから管理職にも、自己理解の時間が必要です。

管理職が整理したい、自分の反応パターン

自分はどんな時にイライラしやすいのか。
どんな部下に苦手意識を持ちやすいのか。
どんな態度を見ると、責められたように感じるのか。
どんな価値観を強く持っているのか。
自分の中に「普通はこうするべき」がどれくらいあるのか。

ここを見ないまま、伝え方だけを学んでも限界があります。

自分の感情に気づけない人は、相手の感情も扱いにくいからです。

職員一人ひとりにも、感情と解釈を整理する力が必要

これは管理職だけの話ではありません。

職員一人ひとりにも、自己理解の力が必要です。

自分は何に傷つきやすいのか。
どんな言葉を責められたと感じやすいのか。
どんな場面で不安が強くなるのか。
何を我慢しすぎているのか。
どこからが業務上の指導で、どこからが人格否定なのか。
自分の解釈が強くなりすぎていないか。

ここを整理できるようになると、職場の人間関係は少し変わります。

もちろん、ハラスメントを我慢しろという意味ではありません。

そうではなく、
本当に問題にすべきことと、自分の中で反応が大きくなっていることを分ける
ということです。

感情と解釈を整理できると、相談の質が変わる

この区別ができると、相談の質も変わります。

「嫌でした」だけではなく、
「この出来事があり、私はこう受け取り、この感情が出ました。業務上はここに困っています」
と整理できるようになる。

これは、自分を守る力にもなります。

これからの企業研修には、認知行動科学の視点が必要

これからのパワハラ対策は、法律やルールを伝えるだけでは足りません。

もちろん、制度理解は必要です。

でも、それに加えて、認知行動療法、スキーマ療法など、認知行動科学の視点を企業研修に取り入れていく必要があります。

企業研修で扱いたいテーマ

  • 事実と解釈を分ける
  • 感情のサインに気づく
  • 自分の反応パターンを知る
  • 相手の話を評価せずに聞く
  • 思い込みや決めつけに気づく
  • 境界線を整理する
  • 問題を個人の性格ではなく、構造として見る
  • 相談を受けた時に、すぐ判断せず整理する

こうした力です。

これは、特別な人だけが学ぶものではありません。

管理職にも必要です。
一般職員にも必要です。
人事にも必要です。
産業保健スタッフにも必要です。
相談支援に関わる人にも必要です。

なぜなら、職場のメンタル不調は、誰か一人の問題ではなく、関係性の中で起きることが多いからです。

パワハラ対策は、人を黙らせるためのものではない

パワハラ対策は、本来、人を守るためのものです。

でも、運用を間違えると、職場は黙ります。

注意しない。
相談しない。
本音を言わない。
深く聞かない。
問題があっても関わらない。
評価だけで処理する。
裏で不満をためる。

それでは、メンタル不調は減りません。

本当に必要なのは、誰かを責めることだけではありません。

話を聞けること。
自分の感情に気づけること。
相手の反応の奥にある困りごとを見ようとすること。
事実と解釈を分けること。
問題を個人の性格にせず、職場の構造として見ること。

パワハラをなくすことは大切です。

でも、それだけでは足りない。

これからの職場に必要なのは、
「何も言えない職場」ではなく、
安心して話を聞き合い、感情と解釈を整理できる職場です。

そのためには、産業保健、カウンセリング、認知行動療法、スキーマ療法などの視点を、もっと現場に入れていく必要があります。

人が壊れてから対応するのではなく、壊れる前に気づく。
対立してから裁くのではなく、こじれる前に整理する。
休職や離職になってから支援するのではなく、日常の中で感情を扱える職場をつくる。

それが、これからの本当のパワハラ対策なのだと思います。

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